Peter Barakan メイン

peterbarakan

 

ラジオDJとして、またときには音楽イベントや日本文化のTVショーのキャスターとして、古今東西の音楽や文化を人々に届けてきたピーター・バラカンさん。じつはその造詣の深さは音楽の分野のみならず、写真にも。独自の視点で選び集めてきたさまざまなジャンルの写真集を所持し、一時は東京都写真美術館の外部評価委員を務めるなど、写真展にも足繁く通ってきたピーターさんのまなざしを通して観る、写真の魅力とは。

 

2026/3 編集:橋口弘(BAGN Inc.) 取材・文:栗山桃香 撮影:藤堂正寛

−ピーターさんといえば、音楽の印象が強いですが、写真との出合いや好きになったきっかけについてまずは伺えますでしょうか。

医者や歯医者なんかにいくと、待合室で待たされることがあるでしょう。僕の育ったイギリスではそういう待合室にはほぼ確実に、『ナショナル・ジオグラフィック』(*)や『ライフ』といった写真雑誌が置いてあったんですね。だから幼少期は暇つぶしに、そういうもののページをめくっていたんです。いま思えばそこにはすごい写真がいっぱいありましたね。中でも『ナショナル・ジオグラフィック』は、イギリスでは至る所に置いてありましたから。当時は特に写真を意識していたわけではないけれど、良いものを見ているうちに好きになるという、無意識のプロセスはあったんじゃないかなぁ。

(*)ナショナル・ジオグラフィック誌
ナショナル・ジオグラフィック協会が1888年創刊した月刊誌。アメリカで最も歴史があり、初めて全ページをカラー印刷にした雑誌として、世界で多く読まれている

 

PeterBarakan

−てっきりレコードジャケットなど、音楽から写真に魅せられたのかと思いました。

もともとイギリスにいた頃はレコード店の店員もしていましたし、写真のみならずイラストや抽象的なデザインだったりとさまざまなアルバム・ジャケットにはもちろん触れていました。たしかにその中にも印象的な写真との出合いはありました。
でも私は「ジャケ買い」はしないタイプです。写真が好きだから買うということはなくて、大体中の音楽を知っていて買います。
写真に興味を持ったのはもっと後ですね。写真展を積極的に観るようになったのは、日本に来てからかもしれません。自宅にある写真集もすべて日本に来てから買いました。
一時期、恵比寿にある「東京都写真美術館」の外部評価員というのをしていたんです。その都度の展覧会についてや、美術館の運営のことについて年に数回集まって会議をするんですが、その関係もあって写真美術館の展覧会はほぼすべて見ていましたし、それで写真を見る習慣がつきましたね。

Peter BarakanLarge

−今日はたくさんの写真集をお持ちいただきました。少しお話を伺えますか。

まず初めに、レニ・リーフェンシュタールを紹介します。彼女はヒトラーの時代、1936年のベルリン・オリンピックの記録映画を撮った人で、この写真集『ヌバ』は彼女がスーダンで過ごした様子を記録したもの。この真っ黒な身体…、それから山肌や自然の風景…。かっこいいでしょう。初めて見た時は感激してしまって、被写体がすごいからインパクトがありますが、写真としても素晴らしい。1日ずっと見ていたいくらいです。
こっちはマリの写真家セイドゥ・ケイタ(*)の作品集です。彼はマリの人々のポートレートを撮っているんですね。日本の写真館のような感じでしょうか。みんな正装をして毅然とした表情をしているんです。この服や背景の布の柄に注目すると本当に面白い。写真館の家族写真が、どうしてこんなにもかっこいいんだろう。僕は音楽も、マリとニューオーリンズがいちばん好きなんです。
一方で、これはまたぜんぜん違うもので、以前六本木の「21_21 DESIGN SIGHT」で展示をしていた『TOBIKERA』という小さな虫の巣の写真集なんです。ものすごく拡大した巣は、もうアートのようで、初めて見た時ぶったまげました。こんな指先にも満たない小さな虫の感性は一体どうなっているの? 不思議でたまらないですよね。

(*)レニ・リーフェンシュタール写真集『ヌバ』
ドイツの映画監督、写真家、女優であるレニが、1970年代のスーダンに入り、そこに住むヌバ族の姿を撮影した写真集。美しい身体装飾や葬式の様子など、文明から遠く離れた民族の暮らしの風景が鮮明なカラー写真に収められている

 

(*)セイドゥ・ケイタ写真集『Seydou Keita』
西アフリカのマリ共和国、バマコで写真館を経営していたアマチュア写真家・セイドゥ・ケイタによる作品集。バマコの一般の人びとを撮影したポートレート作品をまとめた1冊

 

(*)小檜山賢二写真集『TOBIKERA』
チョウのような小さな昆虫「トビケラ」の幼虫が作った巣を、超拡大し精妙に映し出した写真集。落ち葉や枝、砂、小石などで作られた巣は、数ミリから数センチという微小なもので、肉眼では確認できないのだが、そこにはアート作品のような世界が広がっている

 

Peter Barakan

Peter BarakanLarge
Peter BarakanLarge

−音楽においても写真においても、ピーターさんは作品そのものだけでなく、人間の内なる部分にも注目している印象を受けます。自分なりの解釈で背景のストーリーを話してくださいますよね。

潜在的にそういうところがあるかもしれませんね。ともかく、背景を想像しながら写真を見るのが好きなんです。どうして撮ったんだろうと想像をしたり、写真に映っている風景や服装、ものなど、いろんな要素から年代や時代背景を探っていくのは、クイズみたいですよね。本当に興味が尽きないです。人間の表現がすべて好き。写真に限らず、絵も音楽も好きですね。 残念ながら僕は、自分で何か表現するのは上手な人間ではない。音楽も作らないし、文章は書くけれど、自慢するような文章はないし、写真も撮らない。絵も描かない。そういうことがひとつでも上手にできれば素晴らしいけれど、その代わり、良いものをうんと楽しむことにしています。きれいなものを観るのが好きなんです。

高野寛

PeterBarakanLarge

−「良い写真とは、何ですか」という質問に対し、言語化は難しいと思うのですが、ピーターさんならではのお答えはお持ちでしょうか。

難しいですね。ブレソン(*)の言葉で言えば”決定的瞬間”でしょうか。 つまり写真は一瞬を切り取ったものですよね。そういうことかな…。撮るのは一瞬ですが、撮られているものは、何十年、何百年も残るわけです。まだ写真という媒体ができて、180年ぐらいですが、その当時のことを僕たちは写真を通して見ることができますよね。 ちょうどいま、三菱一号館美術館でやっている新版画の展覧会(*)があるのですが、そこに明治時代の写真があるんです。日本の庶民の日常を撮った写真が飾ってあって、それがもう本当に面白い。150年前の生活を見られるんです。市井の人々の暮らしを切り取った一瞬がそこにあったはずなんですね。 そして、どの一瞬を撮るかというのは、僕はマジックだと思うんです。昔はフィルムで撮っていたから、いっぺんに何枚もは撮れないはずなんです。だから写真を撮る人はきっと、長い間じっとレンズを通して世界を眺めている。いつ訪れるかわからない瞬間を待っていられるんですね。 僕がなぜ写真を撮らないかという理由のひとつは、そういうことをずっとやる性格じゃないからです。(笑)自分の目で見入ってしまうから、すごい! と思ったときにカメラを持てない。自分の記憶には残るけれど、形に残すことはできない人間です。だからこそ、写真家のその感性は、もう”魔法”以外表現のしようがない。いったいどうやって…って想像したら、飽きることがありません。


(*)アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908-2004)
20世紀を代表するフランスの写真家。絵画を学んだ後、1930年代初頭に、本格的に写真に取り組み、1947年には仲間と共に国際写真家集団「マグナム・フォト」を結成。35mmカメラによるスナップショットの先駆者として作品を多く残している

 

(*)トワイライト、新版画 ―小林清親から川瀬巴水まで
三菱一号館美術館にて、2026年2月19日(木) - 5月24日(日)まで開催された。https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga/

 

−そういう気持ちは、音楽を好きな理由とも通ずる部分はあるのでしょうか。
音楽を好きな理由や、良い音楽と感じるものと、写真の共通項は。

いや、それを答えるのは難しいです。嫌いな音楽がなぜ嫌いかといういうことは、むしろ言えるかもしれないが、好きな音楽をなぜ好きなのかっていうのは、好きだから。(笑)それだけ。理屈はないですね。感性に直接呼びかけるものだから。

−普段の生活の中では、どんなタイミングで写真集を楽しまれていますか。

普段の生活では時間がないのでしょっちゅう観ることはないですね。(笑)でも、何かきっかけがあって思い出した時にはじっくり観ますし、今日みたいなきっかけをいただけると、また楽しもうと思います。ベッドサイドにはいつも読みかけの本が何冊かあって、必ず何かを読んでいます。新聞も雑誌も本も読む。携帯電話はほとんど見ていません。 音楽は番組やDJイヴェントがあるから、好きな音楽を紹介することはできますけど、写真集は普通はひとりで見ますから、今日こうやって紹介しながら自分もゆっくり眺めて改めて思うことがあります。 やっぱり僕の好きなものは、普通は見ることのできない世界を見せてくれるものなんですよね。未知のもの、好奇心を満たしてくれるようなものが好きだし、そういうものを人に伝えたいのだと思います。今日もこうやって機会があって、きっと多くの人に知られていなかった『TOBIKERA』やマリの『セイドゥ・ケイタ』が注目されることが嬉しい。音楽も写真も、人間が創るもののすべてに、私は興味が尽きないんです。

PeterBarakan

Peter Barakanイメージ

−編集後記

帰りがけ、何気なく視界に入った1冊のフォトブックのお話に。ソファサイドに積まれた読みかけの本の山の側にそっと置かれた、ピーターさんの写真が表紙を飾るその1冊は、ご家族の写真がまとめられたものでした。娘さんがピーターさんへの贈り物として作ったフォトブックには、言わずもがなピーターさんの過ごしてきた日々が閉じ込められていました。

何気ない家族の日常が綴られた世界に唯一のフォトブックは、どんな貴重な写真集よりも特別に味わい深く見えました。それぞれの家族の物語を味わう楽しみ。そして、どんな人の日常にも物語があることを改めて再確認する時間でした。

一枚の写真
一枚の写真

Profile

Peter Barakan

Peter Barakan (ピーターバラカン)

1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在はフリーのブロードキャスターとして活動。毎週日曜日の「バラカン・ビート」(インターFM)や、土曜放送の「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)では、ラジオDJとして自身が深く愛する古今東西の音楽を徹底的に紹介。近年は、音楽フェスティバル「Peter Barakan's LIVE MAGIC!」、音楽映画を上映する「ピーター・バラカン音楽映画フェスティヴァル」の開催など、音楽を紹介する新たな取り組みを行っている


公式サイト:peter barakan do net
instagram