本木雅弘 メインビジュアル

写真は記憶の再生スイッチ

俳優として長年にわたり第一線で活躍を続ける本木雅弘さん。デジタルカメラのイメージキャラクターを務め、義母・樹木希林さんもCMにご出演されるなど、富士フイルムとは数十年にわたる縁があります。1枚の写真から記憶やその奥にある情景へと思いを巡らせることを大切にしてきた本木さんに、写真を撮る、そして残す意味について伺いました。

2026/6 編集:橋口弘(BAGN Inc.) 取材・文:栗山桃香 撮影:藤堂正寛

ー還暦記念フォトブックの出版を記念して、2026年春に渋谷「NONLECTURE books/arts」で開催された写真展「“awai” Masahiro Motoki × Kazuhiro Nakamura Photo Exhibition」の会場でお話を伺いました。

ーー始めから核心をついたような質問ですが、本木さんにとって写真が持つ力とはどんなものだとお考えでしょうか。

写真は、見た瞬間、脳内に動画が再生されるスイッチだと思います。それを撮ったとき、撮られたときの状況がフラッシュバックするというような。写真の面白さって、写っている対象や風景とともに、写し手の心とか、画角からはみ出ているその瞬間の状況が、脳裏に蘇ってくることだと思っています。

写真はただの記録ではなく、記憶を記録するためのもの。そんなふうに感じています。

本木雅弘

ーー写真についてお聞きする上で、樹木希林さんや内田裕也さんを含めた内田家の家族写真が印象深いです。ご家族での写真についても、エピソードをお聞かせいただけますか。

いまは亡き義母・樹木希林と義父・内田裕也の夫婦は別居婚でしたので、日常生活を共にしてないんです。ですが樹木さんの計らいで父の日や誕生日といった節目ごとに裕也さんを呼び出して、写真館で家族写真だけは撮るというのが常でした。

そんなわけで、ともに生活をしていない義父との写真がいくつも残っている。日常の写真には裕也さんの姿が一切なくて、なんだか不思議な状態なんですけどね。(笑)

写真館での家族写真からは、その時々の様子が思い出されます。カメラの前でかしこまっている全員に樹木さんが「みんな、カメラなんて見ないで! 適当な方向を見て!」と急に指示を出してきたり。だから各々があちこちを向いていたりと変わった記念写真ですが、ユニークな私たち家族らしいものになりました。

本木雅弘 家族写真

本木雅弘 イメージ写真

ーー日常の写真の中で、記憶に色濃く残っているシーンはありますか?

写真を撮るのはいつも樹木さんでした。彼女はとにかく飾ることが嫌いで、ありのままの姿を残していました。相手の了解もとらずにバシャバシャ撮るんです、判断がとても早い人で。撮ったらすぐにフォトブックを作るし、現像したものを自分で切って、出来上がったフォトブックに勝手にコラージュしちゃったり(笑)。とにかく自由でした。

二世帯で暮らしていたので、突然内線で呼ばれて部屋着のままの姿を撮られたり、私たちの食卓に急に樹木さんが加わって、おしゃれではない食事風景を撮っていたり。今どきは写真を撮る前に、ある程度 ”映える”よう綺麗に料理を盛り付けたりすることってあると思うんです。でも樹木さんはそういうことが一切嫌いで。「何も用意しないで、そのままで」が、樹木希林スタイルでしたね。

こちらが撮られていることに気がついて改めて向き直すと、撮るのをやめるんです。「本人が意識していない写真の方が素敵だし、あとから見たときにハッとするよ」って。

普段表に出る役者の自分とは違う、ありのままの姿。何かに向かっている横顔とか、口が開いてる顔とか、それはもうひどい有様で。そういう写真は表には出さないけれど、ありきたりな日常がいまとなっては貴重な思い出です。写真を見るたびにそのシーンが甦りますね。

本木雅弘 日常写真

ーー食卓の音や匂いまで漂ってきそうな情景が浮かびました。一方で、本木さんはアート写真にも造詣が深いと伺っています。いまでは入手困難な写真集もたくさんお持ちいただきました。

特に20代の頃は写真やアートに夢中でした。1990年代、ワタリウム美術館やパルコブックセンター、六本木WAVEなどによく足を運んでいて、アルフレッド・スティーグリッツや、アーヴィング・ペン、ブルース・ウェーバーといった王道写真家や、ヴォフガング.ティルマンズなど新進気鋭のアーティストの作品集が出るたびに買い集めていました。

中でも当時新鮮に感じたのは、ジャック・ピアソンの初版1200部のサイン付写真集。それまでの存在感が強い写真が主流だった時代に、けだるいような日常のスナップや飾らない写真を見て衝撃を受けました。

また、画家のサイ・トゥオンブリーの写真集も。花や樹々や彫刻を覗いているのですが、具体は写さず、色のグラデーションや残像のような、なんだかわからないものを撮っている。作家の心に映った世界を感じたり想像したり、その体験に興奮しました。

結果的に美しいのですが、ありふれた視点ではない。私的な記憶や感触を想起させたり、独自のニュアンスを焼き付けるようなトゥオンブリの作風に当時からとても惹かれています。写真の味わい方にも大きく影響があったと思います。

本木雅弘 写真集

ーー1枚ずつの背景にまで想像を巡らせ、作品を味わってこられてきたとお見受けしました。今春、約30年ぶりとなる自身の写真集『awai 刹那と永遠のまにまに』を発表されましたが、この中で印象的な写真はありますか?

さまざまな場所で撮ったので、ひとつに絞るのは難しいですが、ロンドン・ハイドパークの冬季限定のテーマパークの観覧車の上から、幻想的な地上の風景を見下ろして撮った風景写真です。冬の間にしか存在しない観覧車の上で過ごした、私的な時間が凝縮された1枚です。時間の儚さが映し出されているように感じます。

撮影をしてくれた写真家の中村一弘くんは、同い年でお互いに還暦。約30年ぶりに再会し、そして異国で観覧車に乗って。一周する短い時間の中で、会わなかった期間を埋めるように互いの人生について話をしました。

そこはかとない侘しさ、憂い、寂しさのようなものが張り付いているような表現が個人的に好きで。このカットは今回の旅を象徴しているように感じます。

awai 刹那と永遠のまにまに

本木雅弘 イメージ写真
本木雅弘 イメージ写真

ーー今日お持ちいただいた思い出の1枚についても、エピソードを伺えますか。

インド旅にまつわる始まりの1枚です。中村くんが撮ってくれた27歳当時の姿。藤原新也さんの『メメント・モリ』という1冊の写真詩集に感化され、男友達で集まり計画しました。旅の心得を教わりに、インド通の横尾忠則さんに会いに行ったんです。これはその時の写真。

『メメント・モリ』と出合ったこと、横尾さんに会ったこと、すべて必然のように序章として旅が始まっていたんだなと、そんな気持ちがこの1枚から蘇ります。、写真が残していてくれた記憶に辿り着いた感覚です。

インドの旅で得た死生観の深まりが、結果としてその後の人生すべてに通じていくことになりました。もちろんこの経験が、自分の代表作となる『おくりびと』という映画に繋がるなんて想像すらできなかったし、時を経て中村くんと再会し、還暦の日を記録することになるなんてね。

いま改めてこの1枚を見ると、写真は思い出を留めたただの記録ではなく、“その瞬間”がまた新たな物語を生む種になっていると感じます。想像もしていなかった未来が、この1枚の瞬間から始まり繋がっていくんです。

本木雅弘 横尾忠則氏のアトリエでの写真

本木雅弘 イメージ写真

Profile

本木雅弘

本木雅弘

1965年埼玉県生まれ。俳優。映画『シコふんじゃった。』(1992)で、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。自身が発案し主演も務めた映画『おくりびと』(2008)は、米アカデミー外国語映画賞を受賞し、世界的な注目を集めた。2026年6月には、第79回カンヌ国際映画祭に出品された主演映画『黒牢城』が、8月21日より、戦後80年ドラマ『八月の声を運ぶ男』が公開に。

長年の友人である写真家・中村一弘氏と30年ぶりに撮影した写真と自身の言葉を綴った還暦記念フォトブック『awai 刹那と永遠のまにまに』 は、TWO VIRGINS社より発売中。

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