安藤政信 メイン

vol30

安藤政信

安藤政信

安藤政信

北野武監督による青春映画で輝かしいデビューを果たして以来、 個性派俳優として確固たる地位を築きあげた安藤政信。 俳優業と同時期に始めた写真は、今やライフワークとなった。 写真に魅せられた少年時代や写真に救われた活動休止時代、 そして将来の展望から、俳優と写真の蜜月な関係に迫る。

 

2019/12 取材・文:橋口弘(BAGN Inc.) 撮影:藤堂正寛 ヘア:TAKESHI(SEPT Inc.)

―写真を始めたられたきっかけを教えてください。

20歳から写真を撮り始めたのですが、写真が好きになった原体験は小学校の頃。たまたま知り合いが持っていたポラロイドカメラで写真を撮らせてもらったことがあって、イメージが浮き上がることに快感を覚えたんです。なにより、写真を通じて過去を振り返る行為が、すごく愛おしいものに感じていました。 俳優としてのデビュー作である映画『キッズ・リターン(1996年)』の製作現場で、撮られるという経験を経て、写真を撮ってみたいと思っていた矢先、ある媒体で宣伝取材を受けました。取材後、フォトグラファーから写真家シンディ・シャーマン*の展覧会が開催中だから観に行かないかと誘われて付いて行ったわけです。あるキャラクターに扮した姿をアーティスト自身が写真に収めるいう、映画のワンシーンのようなセルフポートレイト作品が、これから演技の道を進もうとする自分の状況に見事に重なりましてね。自然光と人工光を駆使した絶妙な色合いにも、色気と感動を覚えました。 それからというもの、毎日のように地元の川崎で撮影をして、そのうち人物を撮りたくなって共演者を撮るようになりました。写真は本当に面白いなと思うようになり、好きで好きでずっと撮影していましたね。


シンディ・シャーマン*
マスメディアに登場するさまざまなタイプの女性を演じ、その姿を写真に収めたセルフ・ポートレイト作品で知られるアメリカ人女性アーティスト。

 

img-Ryo Takahashi

一枚の写真

img-Ryo Takahashi

―俳優活動と並行して、デビュー当時から写真を撮っていたとは知りませんでした。

現在の若い世代は、マルチで活動することが当たり前になってきましたが、当時はひとつの道を極めるのが美徳とされていた時代。二足の草鞋が認められないので、役者だけをやり続けなきゃいけないという雰囲気がありましたね。 プライベートで写真を撮る一方、仕事では被写体となり、親交のある写真家の撮影アシスタントをすることもありました。撮られるという行為と光の大切さを理解しているのであれば、自分のなかだけで完結するんじゃなくて、イメージをカタチにして発信することは全然アリだと思うようになったのが3年ほど前です。「Amazon Fashion Week TOKYO 2018 S/S」でフォトグラファーとしての参加を皮切りに、さまざまな媒体で撮影するようになりました。

安藤政信Large
安藤政信Large

PHOTOS: Masanobu Ando
MODEL: Rihito Itagaki (STARDUST PROMOTION, Inc.)

―お気に入りのモチーフはなんですか?

やはり人物ですかね。情緒と光をどのようにミックスさせて、表現したいイメージに昇華させるのか苦心しますが。被写体も綺麗に格好良く撮ってあげたいですし。結構際どい写真も撮るのですが、無理やりでもなんでもアリというわけでもない。写真とは、被写体をリスペクトしたうえで、どこまで向き合ったかが視覚化するメディアだと考えているので、そこは誤解して欲しくないなという気持ちがあります。

―俳優と写真家を、振り子のように行き来する安藤さん。役割が入れ替われば、「見る/見られる」「さらけ出す/引き出す」と、課されるタスクが異なりますが、共通するマイルールはありますか?

監督や被写体をはじめ、相手には、自分はこういう人間であって、愛情を持って接しますと嘘偽りなく真摯な想いを伝えること。とてもシンプルなんです。大人になってくると、嘘やごまかしと便宜上付き合いながら生きていて、本人にもその自覚があるじゃないですか。だからこそ嘘は絶対言わないし、やると言ったことは有言実行してカタチにする。要は、きちんと「向かい合う」ことが、クリエイティヴだと思うんですよね。素材の良さを最大限に生かすためにも、愛を持って向かい合うことが必要不可欠なのではないでしょうか。 写真家ジョセフ・クーデルカ*が、東欧を中心に移動生活を続けるジプシーたちを捉えたシリーズも、みんな良い顔でレンズの方を向いている。無防備なんですよ。相手が無防備であることは、信頼を寄せていることの証明だと思うし。それが写真の基本であり、自分のエゴやプライドで相手を抑えつけるようではダメだと思いますね。


ジョセフ・クーデルカ*
チェコスロバキア出身。ソ連軍のプラハ侵攻の写真や東欧のジプシーを撮り続けた作品などのドキュメンタリーで知られる。名誉あるフォトジャーナリスト賞のひとつ、ロバート・キャパ・ゴールド・メダルの受賞者。

 

img-Ryo Takahashi

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―俳優としての役作りが写真表現に影響することは?

確実にありますね。医療ドラマ『コード・ブルー』の撮影に臨む際、患者の承諾を得て、脳神経外科の手術の見学をしました。開頭手術に立ち会ったのですが、血や体液が混じり合う光景、頭蓋骨を開けた時の匂い。生きるということは壮絶だと感じました。手術が終わり、患部以外を覆っていたカバーが外された瞬間、患者の顔が飛び込んでくるような感覚に襲われたんです。それがなんとも強烈で。患者の表情が現れたことで、生と死が隣り合わせであること、命の重さを一気に実感したんですね。なんだか涙が止まらなくなっちゃって。撮影でも身体のパーツを大事に撮っているけれど、やっぱり表情が一番重要だと再認識した経験でした。 手術が失敗に終わり、患者を助けられなかったシーンの撮影の翌日に自身の撮影をした時には、海岸を歩く6人のモデルが天国に向かっているかのように見えてきたり、撮影した花がなんだか脳に見えてくることもありましたね。 自分らしい写真というのは、そのような役作りの過程や経験と、写真家としての活動の振り幅のなかで生まれてくるのではと感じています。これからの役次第では、撮るものも変わってくるかもしれませんね。

―お使いのカメラについて教えて下さい。

ちょっと長くなるんですが、このカメラになるまでには経緯があって、、、。 以前所属していた事務所の退所後、ひきこもりになった時期があったんです。言葉が喋れないくらいに荒んでしまって。ある時、編集者の友人が連絡をくれて会ったんですが、あまりの荒み具合にびっくりした様子で、外出した方が良いと外に連れ出してくれたんです。好きなアートでも観ようということで出たものの、動悸がしたり汗が出てきたり。当時はお金もなかったので、カメラを買う余裕もなく、演技もしていないし荒んでいるし。「もう外に出なきゃ。引きこもりには戻れないな」という状況のなかで、写真を介して他人に声をかけるところからリハビリしようと思い立ちました。渋谷の井の頭線の改札口の横に立って、カットモデルを探している美容師さんに倣って声をかけたんです。マスクとサングラスで変装していたので、最初は全然ひっかからなかったけど(笑)。ナンパしていると勘違いされたら嫌だなぁと心配するだけ、自分の精神はまだまともだと感じたり。変装を軽くして、「すみません、写真家なんですけど」って声かけて、渋々OK出してくれるんだけど、撮るのはiPhoneていう(笑)。もう怪しさしかないでしょ、相手の表情も凍りついてるの (笑)。誰でもいいから向き合って撮りたいという一心で、酔っ払ったおっさんとか撮ったりもしましたよ。そのうち、美容師さんの作品もiPhoneで撮影するようになりました。反応がよかったのも嬉しかったですね。肝心なのは機材ではなく、中身なんだなと。 事務所にも入らず、フラフラしている生活を続けていたある日、恋人に子供ができました。金もない、職もない。どうしようと思って、アテもなく多摩川を走りました(笑)。偶然ですが、その数日後に俳優の竹中直人さんからたまたま連絡をいただいて。それがきっかけで映画界に復帰するわけです。復帰作の撮影現場で、カメラマンと写真談義に花を咲かせていたんですが、カメラは何を使っているのと聞かれて、iPhoneですなんて話すと、彼が使っていない「C社 D60」を譲ってくれたんです。それからは、現場でも友人の俳優から頼まれてポートレイトを撮っていました。風呂に入りながらも撮影していたからか、とうとう壊れてしまって。それで今のカメラに買い替えたっていう。あれ、全然このカメラの話になってない(笑)。

―写真が社会復帰の足掛かりになったわけですね。

写真を見せたいから人に会うという動機になって、写真を撮ればプリントしたいわけで。でもプリンターを持ってなかったから友人の写真家の事務所に行ったり、ほかの機材は別の写真家から借りたり。写真家の友人に声をかけたら、彼が別の写真家に声かけてくれて。そうやって数珠つなぎになって7人の写真家の友人がいれば、毎日違うところで作業できるなんて考えたり(笑)。 写真が自分を支えてくれて、写真があるから人に会っているといえますね。

img-Ryo Takahashi

安藤政信 イメージ

―今後の写真家活動について教えて下さい。

ゆくゆくは海外にも出ていきたいので、アジア人を中心に撮っていきたいです。海外の真似事を日本でするのではなく、自分たちが本来持っている東洋の美を追求できればと考えています。海外の人たちが神秘的に感じてもらえるような作品にしたいですね。国内外での展示も視野に入れて、今年からはスタイリストと組んでプライベートのプロジェクトを始める予定です。写真家として、エージェンシーへの所属も狙っています。写真を通じて、色んな人と知り合いたいというのはあるから。 役者は自分の原点であって、(北野)武さんから頂いたものだから絶対辞めることはありませんが、写真家活動をこれからも突き進んでいきたいですし、遠慮せずに両方やっていきたいと思います。 兎にも角にも、写真が好きすぎてもう、、、ね(笑)。

Profile

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安藤政信

1975年生まれ。神奈川県出身。俳優、写真家。1996年、映画『キッズ・リターン』で主演を務めデビューし、多数の映画賞を受賞。映画やドラマを中心に活躍する一方で、近年は雑誌で撮影するほか、フォトフェア「ART PHOTO TOKYO」にて作品展示するなど写真家としても積極的に活動している。


【新刊情報】
タイトル:板垣李光人1st写真集「Rihito 18」通常版
発売日:2020年6月17日(水)
撮影:安藤政信、市原隼人、三浦貴大 表紙撮影:安藤政信
価格:2,420円(税込) 発行:SDP
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